後藤千恵
一般社団法人 天草1000年の人と土の営み 代表理事
東京から天草へ
東京暮らし30年。居心地の悪さを感じて
NHKで30年あまり、社会部の記者や解説委員として報道の現場を歩いてきました。東京は一見豊か。でも、努力だけでは埋まらない格差が広がり、効率的で便利な暮らしの一方で、環境に負荷をかけ続ける日々‥。どこか居心地の悪さを感じていました。
そんな時‥「お母さん、いろいろ言う人は多いけど、実際にやる人がいないんだよね」。
長男のこの一言にも背中を押されて、2021年、NHKを早期退職しました。
天草に広がる“小さな幸せ”の循環
天草との出会いは、大学時代の恩師の紹介でした。天草市五和町で里山の活用を手伝ってほしいと頼まれ、通い始めると、幸せだなぁと思う瞬間が次々に訪れました。
母と散歩の途中、庭の花に見とれていたら、家の中から女性が出てきて「どうぞお庭に植えて」と根っこごと掘り起こして分けてくださる。
困りごとを話すと「〇〇さんに聞いてみたらよか」とその場で電話をしてつないでくださる。
お宅を訪ねると「これ持って行かんね」と菜園の野菜や手作りのジャムを持たせてくださる。
“誰かのために”・・が特別なことではなく、日常の中にある。天草にはお金では買えない小さな幸せが巡っていました。
その輪に私も加わりたいー そう思って2022年の夏、家族とともに天草に移住を決めました。
「のさり」という言葉にすくわれて
天草で暮らし始めて、「のさり」という言葉に出会いました。天草の方言で、「天からの授かりもの」を意味する言葉です。良いことも辛いこともすべてのさり‥。ありのまま、受け入れる。
生まれてこの方、自分に自信が持てず、何をやっても後悔と反省ばかりだった私がこの言葉と出会ってからあれこれ考えずに新しいことに向き合えるようになりました。
答えは「はい」か「イエス」か「喜んで」。すると不思議なことに次から次へとたくさんの魅力的な方々との出会いをいただき、心ときめく日々が続くのです。
めざすは“懐かしい未来”
神野直彦さん(東大名誉教授)が幸せな人生に欠かせないと言われる2つの木陰=緑が織りなす木陰(自然)と人と人が織りなす木陰(つながり)がここ天草には広がっています。自然と共生し、支え合って生きる“懐かしい未来”の姿です。
気候変動の危機も、行き過ぎた資本主義の限界も、楽しく乗り越えるヒントは天草にある!
天草が教えてくれた“やさしい豊かさ”を全国に広げていきたいと考えています。
「買う力」よりも「つくる力」「つながる力」を
天草では、一般社団法人「天草1000年の人と土の営み」(通称あません)の代表理事として、里山を楽しみや学びの場に変える活動をしています。
森の工作教室、秘密基地づくり、耕作放棄地での自然栽培、麹からの味噌づくり、タケノコ掘り‥。どれも一人ではなく、みんなでやるもの。だから楽しい。
これまでの時代はモノやサービスなどをお金で「買う力」が豊かさのものさしでした。でもこれからの時代に大切なのは自分で何かを「つくる力」や誰かと「つながる力」のような気がします。
「買う力」を高めると“個人”が豊かになりますが、「つくる力」と「つながる力」を高めれば、個人だけでなく、“地域”が豊かになります。
時間をかける丁寧な暮らしは、体にも環境にもやさしい!
連載「懐かしい未来、のさりの島から」
大きなことを言うつもりはありません。裏山でタケノコ掘りをした話、認知症の母とレモン麹を作った話、地域住民の皆さんと始めた「宝もの地図」づくりの話‥。
連載「懐かしい未来、のさりの島から」で週に一度、天草の“やさしい豊かさ”をお届けしていきます。